監督の声

ディスカッション


高槻FCに戻ってきた当初、選手同士がディスカッションしてるシーンを見ることはほとんどなかった。試合と試合の合間にコーチに「自分たちでミーティングしろ」と言われ、円になり各自が順番に意見を言っていく。半分くらいで言うことがなくなり、同じ意見を何回も言うようになる。

そもそもなぜミーティングしているのか?コーチに言われやる選手ミーティングは本当に効果的なのか?選手は必要性を感じれているのか?それを見ていて個人的には様々な疑問もあった。もちろんメリットもあるとも思う。

個人的には何でもそうだが、やらされていると感じる状況ではなかなか自分のものにならないと思っている。サッカーの練習も勉強も、本気で必要性を感じないと良い効果は出ないと思う。ミーティングの話しに戻ると僕はあまりミーティングしろとは言わない。選手達が必要と感じ自主的に行うミーティングなら別だが、こちらから、例えば1試合目負けたから次の試合までの合間にミーティングするようにさせることはほとんどない。

ただディスカッションはたくさんしてほしい。決められた時間内で強制的に意見を述べるのではなく、必要と感じた時に自分の想いや意見を自分の言葉で伝えてほしい。試合前でも、ハーフタイム中でも、試合後でも、その一人の意見に対して少数でも多数でも意見をぶつけ合ってほしい。そして正解は一つではないことや、様々な考えを吸収して自分のパワーに変えてほしい。

僕が担当する試合のハーフタイムの多くは選手達の時間にしている。何も言わず少し離れ選手達を観ています。そこで話しをする選手もいれば、何もしない選手もいる。話しているから良いとか、何もしていないから悪いとかそうではなく、どういう想い(気持ち)で試合に挑んでいるのかを観察してます。ハーフタイム残り1分で選手を集め、必要だと思える部分を3つまでにまとめシンプルに伝える。

このやり方がベストではない時もありますし、そもそも自然にいつでもディスカッションできる選手同士になっていれば、ハーフタイムの使い方も変わってくると思います。ただ、まだまだいつでもディスカッションできるクラブになれていないので(なれるかはわかりませんが)当面はこのスタイルで行こうと思っています。

もちろんただ選手たちに時間を与え、何も言わず放置しているだけではなかなかディスカッション文化も生まれない。ディスカッションもやらされているのであれば大きな効果はないだろうし、何度も言うように必要性を感じなければより良い効果は出ない。

必要性を感じさせることは非常に難しく、割合的には選手のサッカーにかける情熱度によるところが大きい。みんなサッカーが好きだと思うし好きだからこそもっと上達したいと思っているとも思う。ただその「好きだからこそもっと上達したい」という情熱度と追求度の違いが選手の差をつける。そこの追求させるところが我々指導者の大きな役割であると同時に、各選手個人の情熱度を感じ把握した上で追求させていけるのが理想だと考えてます。

選手には責任感を求めてます。チームスポーツなので常に他の誰かがいる。その誰かに任せるのではなく、一人一人が最高のパフォーマンスを発揮する努力をする。最高のパフォーマンスを発揮しようと思うと他選手にも自分が良いプレーをするために要求をしないといけなくなる。各自が良いプレーをしようと思うと協力しないといけなくなり、意見を言ったり聞いたり、時にはぶつかったりしないといけない場合もある。全員が本気で最高のパフォーマンス発揮を追及できたら自然とディスカッションもしていると思う。

海外では自己主張する傾向が強く、指導者はそれをまとめたり時に中断させたりしないといけないケースがある。日本とかなり違う!!当然文化や社会的な違いがあるので同じにならないことも理解できる。ただ競技スポーツの現場では自己主張は必要だし、幼少期からのディスカッション経験が客観的に物事を捉える力の習得にも役立つとも思う。

何でも大人が用意し過ぎたり、与えすぎたりするのは非常に危険であり、サッカー現場で言うと指導者が全て伝え教え、正解や不正解も決めつけてしまう。基礎は徹底しないといけないと思うが、それ以上はメリット・デメリットのバランスをきちんと把握する必要があると思う。

高槻FCでは選手達同士が自然にディスカッションしているようになってほしいし、そうなるように僕ももっと勉強していきたいと思います。